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Vol.34 WISDOM in Depth
動詞wipeと共起前置詞について

~ ビッグローブより ~
『ウィズダム英和辞典』の編者・編集委員の先生方が書かれたコラムをお届けします。

動詞wipeと共起前置詞について

動詞 wipe は「ふく」「ぬぐう」といった意味を基本とし、以下の形でよく用いられる。

(1)
a. wipe one’s hands
b. wipe the table

この用法の wipe について手元にあるいくつかの英和辞典を見てみると、おおよそ次のような記述が確認される。

(2)〈人が〉…を《…で》ふく、ぬぐう《with, on》

(2)より我々は、wipe の語義に加え、この動詞が主語として人を選択し目的語を1つとるということがわかる。
さらにここでは共起前置詞も挙げられており、「…で」に相当する意味部分を担う前置詞として、with と on が並記されている。
これはとりもなおさず、この「…で」の部分は、with と on いずれの前置詞によっても表現可能であることを意味する。
しかし本当にそうであろうか。
「布でテーブルをふく」は、wipe the table with a cloth とも wipe the table on a cloth とも言えるのであろうか。
以下では、このような wipe および共起前置詞の生起に関する問題について掘り下げて考えてみたい。

さて上述のように、(2)は「…で」の部分が with と on いずれの前置詞によっても表現可能なことを意味する。
このことは例えば、「手をふく」といった意味である(1a)に、「タオルで」という表現を付加し、「タオルで手をふく」としたい場合、この「タオルで」の部分が with a towel と on a towel の2パターンによって表現されうることを意味するが、事実これらはともに可能である。

(3)
a. wipe one’s hands with a towel
b. wipe one’s hands on a towel

では(1b)についてはどうであろうか。
これは「テーブルをふく」の意であるが、例えば「布でテーブルをふく」はどのように表現されるのであろうか。
この場合も(2)に従えば、(1a)が(3a)(3b)のように前置詞 with と on の両方によって「…で」の部分が表現されたのと同様に、「…で」にあたる前置詞として with と on のいずれもが用いられるはずである。
しかしながら、事実はそうではない。

(4)
a. wipe the table with a cloth
b. *wipe the table on a cloth

「布で」に相当する部分は、(4a)では with a cloth、(4b)では on a cloth であり、(3a)(3b)と同様に with と on が生起しており、これは(2)における共起前置詞の記述に沿ったものである。
(2)に従えば、「…で」の部分は with および on の両方によって表現されうるはずであるが、この場合、実際には withのみが可能であり on は用いられない。
このように(4)では、with と on の両方は生起せずに with のみが用いられるわけであるが、実はこの(4a)(4b)とは逆のパターン、つまり with ではなく on の方が用いられるという事例も確認される。

(5)
a. Wipe your feet on the mat before coming in.
b. *Wipe your feet with the mat before coming in.

ここでは相手に対し、足をマットでふくように言っているわけであるが、この場合においても(2)に従うと、「マットで」の部分は on the mat と with the mat の両方によって表現が可能であるはずである。
しかしながら実際には with は用いられず on が用いられるのである。

これらの観察から、動詞wipeに関し、「…で…をふく・ぬぐう」という場合、すべてのケースにおいて「…で」に相当する部分の前置詞として with と on の両方が用いられるわけではなく、その一方しか許されない場合があることがわかる。
このことはすなわち、(2)の記述では、動詞 wipe の共起前置詞 with と on に関し、その生起が一様ではないという事実を捉えることができず、よって、(4b)における on の非共起性および(5b)における with の非共起性を予測できないということを意味する。

以上により(2)は、wipe の共起前置詞に関し、その正しい姿を映し出したものではないと言わざるを得ないが、それはどのようにあるべきであろうか。
『ウィズダム英和辞典』(第2版)は、wipe は with を伴う場合と on を伴う場合とで意味合いが異なるとし、次のような記述を行っている。

(6)〈人が〉《…で》…(の表面)をふく、ぬぐう(off)《with, on》: wipe one’s hands on [with] a towel
タオルで手をふく(! on では手をタオルに、with ではタオルの方を手に当てての行為を表す)

『ウィズダム英和辞典』においても、「…で」にあたる前置詞として with と on が並記されてはいるものの、その用例に対して文法注記が付されており、両者の意味上の差異が述べられている。
wipe one’s hands on a towel では、ふこうとする手をタオルの表面に当てて動かすようにし水気をふき取っていく、一方 wipe one’s hands with a towel では、ふこうとする手の表面にタオルの方を当てて動かすようにし水気をふき取っていく様子を描いているのである。
ともに日本語にすると、「タオルで手をふく」と単一の訳出となるが、その意味合いは異なるのである。
これらの違いは次のようにまとめられる。

(7)wipe A with Bとwipe A on B
a. wipe A with B
BをAの表面に当てるようにし、Aをふく・ぬぐう
b. wipe A on B
AをBの表面に当てるようにし、Aをふく・ぬぐう

これらの違いは必然的に、wipe A with B の形式ではBに、wipe A on B の形式ではAに、ふく・ぬぐうという行為において可動性があると見なされるものが生起しなければならないことを意味する。
そしてこのことは同時に、このような生起パターンに合致しない表現は容認されないということを意味することから、生起する前置詞によって生ずる容認性の差を説明することとなる。
以下は with が用いられるのに対し、on は不可とされる例である。

(8)
a. wipe the floor with / *on a cloth
b. wipe the car with / *on a cloth

布で床をふくという行為においては、床が布の表面に当てられるようにされる、つまり、床が可動性のあるものとして捉えられるのではなく、布の方が床の表面に当てられるようにされ、可動性のあるものとして捉えられるので、(8a)では on ではなく with が用いられる。
(8b)においても、布で車をふく際には、車ではなく布の方が可動性があると捉えられるので、on ではなく with が選択される。
ちなみにこの場合、目的語を toy car(おもちゃの車)に替えると、共起前置詞は with と on の両方が可能となる。
これは、当該の行為において、おもちゃの車に対しては実際の車とは異なり、可動性があるとの認識が可能になるからである。
以下においても同じく with が用いられる。

(9)
a. wipe oneself with a towel
b. ??wipe oneself on a towel

ここではタオルで体をふくという行為が表されているわけであるが、通例タオルで体をふく際には、タオルの方を体に当てるようにして水気をふき取っていく、すなわち、タオルに可動性があると捉えられるので、(9a)のように with を伴った形式が用いられる。
これに対し、(9b)では on が用いられているが、このことは、タオルで体をふくという行為において、タオルではなく体の方が可動性のあるものとして捉えられているということを意味する。
インフォーマントによると、この(9b)を解釈するならば、例えば床に広げたタオルの上をころころと転がることによって体をふくといったような状況が想定され、この on を用いた用例は奇妙に響くとのことであった。

以下は(8)(9)とは対照的にonが用いられるケースである。

(10)
a. wipe one’s hands on the seat of one’s shorts
b. *wipe one’s hands with the seat of one’s shorts

ここではズボンの尻の部分で手をふくといった行為が述べられているが、この行為においては、ズボンの尻の部分が手の表面に当てられる、すなわち、ズボンの尻の部分が可動性のあるものとして捉えられるのではなく、手の方がズボンの尻の部分に当てられるようにされ、可動性のあるものとして捉えられるので with ではなく on が用いられるのである。

以上、wipeに関し、共起前置詞としてwithが用いられる場合とonが用いられる場合とを比較し、その意味的な違いについて見てきたが、先述の(4b)でのonの非共起性ならびに(5b)でのwithの非共起性も同様に説明される。

(11)
a. wipe the table with a cloth (= (4a))
b. *wipe the table on a cloth (= (4b))

(12)
a. Wipe your feet on the mat before coming in. (= (5a))
b. *Wipe your feet with the mat before coming in. (= (5b))

布でテーブルをふくといった場合、その行為においては、テーブルが可動性のあるものとして捉えられるのではなく、布の方がテーブルの表面に当てられるようにされ、可動性のあるものとして捉えられることから、(11)においては on ではなく with が用いられるのである。
またこれとは逆に、(12)において on が用いられ with が不可とされるのは、足をマットでふくという行為が、床に敷かれてあるマットを足に当てるようにして行われるのではなく、足の方をマットに当てるようにして行われる、つまり足に可動性があると捉えられるためである。

以上、動詞 wipe の共起前置詞 with および on について、両者とも日本語で「…で」と同じように訳出されはするものの、その表す行為はそれぞれ異なるということを見た。
異なる前置詞の生起は、異なる行為のあり方を表しているのである。
『ウィズダム英和辞典』はこのような点をふまえ、記述に反映させているのである。



著者プロフィール


有吉 淳一郎 (ありよし・じゅんいちろう)
花園大学専任講師。
専門は英語学。『ウィズダム英和辞典』編集委員。
著書:『英語学用語辞典』(1998,三省堂; 共著)



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