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Vol.43 WISDOM in Depth
Corpus-BasedからCorpus-Drivenへ (3)

~ ビッグローブより ~
『ウィズダム英和辞典』の編者・編集委員の先生方が書かれたコラムをお届けします。

Corpus-BasedからCorpus-Drivenへ (3)

■-語法記述編: 構文記述-

辞書は、先行研究に大きく依存する著作である。英和辞典の場合、それまでに出版されている英和辞典はもちろんのこと、英米で出版された英英辞典、発音、語源、類義語、文化などなどさまざまな分野の参考書、関係分野の論文など、多くの資料を参考にしながらつくられる。それだけ多くの資料を参照しても、日本人が英語を発信しようとする際に必要な情報が常に得られるとは限らない。過去のどの資料にも扱われていないことは、新たに資料を収集して分析・研究することが必要となるため、執筆期間に制限のある辞書編集では積み残しとなることが多いからである。しかし、コーパスをコーパス駆動的(corpus-driven)な立場で分析することにより〔→WISDOM in Depth: #1〕、母語話者による辞書や参考書でも扱っていなかった事項に関して、日本人英語学習者の立場に立った記述が可能になるのである。

ここでは、fallの主格補語を従える用法を取りあげてみよう。become、get、go、turn、growなど、他にも主格補語をとる動詞はあるが、どういうときにfallを使えばよいのだろうか。コーパスでfallの後に現れる形容詞、前置詞を含む句、名詞に注目してみよう。

まずは形容詞。fall asleep(寝付く)、fall short(達しない、不足する)、fall silent(黙り込む)、fall ill(病気になる)、fall pregnant(妊娠する)、fall open((驚いて)〈口が〉あんぐりと開く)、fall due(〈手形などが〉支払期限が来る)、fall sick(病気になる)、fall quiet(静かになる)、fall vacant(〈職位などが〉空く)、fall unconscious(意識を失う)、fall dead(死ぬ)、fall free(《…から》はずれる《from》)、fall loose(〈結んだ物などが〉解(ほつ)れる)、fall mad(気が狂う)、fall relative(《…に応じて》相対的に変化する《to》)、fall incomplete(〔アメフト〕〈パスが〉失敗する)、fall shy((気が進まなくて)腰が引ける)、fall white(〈顔などが〉《病気・感情などのため》青ざめる《with》)、fall sad(〈顔・目が〉悲しそうになる)などが現れ、出来事の成立が主語の意思や一般的予想に反していることを暗示する語句や文脈で用いられていることがわかる。

次に前置詞を含む句に注目してみよう。inやintoを含むものでは、fall in love(《人に》恋をする《with》)、fall in line(結束する、《人・事に》同調する《with》)、fall into place(〈事が〉思い通りに進みだす;〈難問などが〉氷解する)、fall into line(一列に並ぶ;結束する;《人・事に》同調する《with》)、fall into disrepair(破損[荒廃]する)、fall into step(《…のそばで/…と》歩調を合わせて歩く《beside/with》;《事と》歩調を合わせる《with》)、fall into recession(不景気になる)、fall into disuse(使われなくなる、廃れる)、fall into the red(赤字になる)、fall into a coma(昏睡状態に陥る)などが現れる。outを含むものでは、fall out of favour [favor](人気がなくなる)、fall out of love(《…が》嫌いになる、《…に対する》愛情が無くなる《with》)、fall out of fashion(人気がなくなる、流行らなくなる)などが現れる。in、into、out ofなどもその後に状態を表す名詞を従えて、意図せずしてそういった状況に至ることを表す場面で用いられていることがわかる。fall into lineやfall into stepは一見意思的に行われる行為のようにも思われるが、文脈を見るとその行為が状況の流れから意図せずしてそうなった経緯がうかがわれ、上で見た形容詞と同様な性質が読み取れる。

さらに、名詞を従える注目すべき表現は、fall victim(《…の》犠牲になる《to》)とfall prey(《…の》餌食[犠牲]になる《to》)である。これらの表現は一般的な社会通念でいえば主語の意思にかかわらず起こる出来事について用いられ、上で観察したfallの特性と何ら矛盾するところはない。

このような分析の過程を経て、『ウィズダム英和辞典』(第2版)では、主格補語の種類別に頻度の高い用例fall in love with A、fall asleep、fall victim [prey] to Aなどを挙げた後、表現コラムでしばしばいっしょに用いられる語句を挙げ〔特に高頻度のものは太字〕、「主語の意志に関わらないことを暗示する語句や文脈で用いられることが多い」といった注記を与えている。



著者プロフィール


井上 永幸 (いのうえ・ながゆき)
徳島大学総合科学部教授。
専門は英語学(現代英語の文法と語法),コーパス言語学,辞書学。
編纂に携わった辞書は『ジーニアス英和辞典初版』(大修館書店),『英語基本形容詞・副詞辞典』(研究社出版),『ニューセンチュリー和英辞典2版』(三省堂),『ジーニアス英和大辞典』(大修館書店)など多数。



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